習い事が少ないと、
「これで大丈夫なのかな」と不安になることがあります。
まわりを見ると、英語や算数、スポーツや音楽。
低学年のうちから、いくつもの習い事に通っているご家庭も少なくありません。
その中で、わが家の選択はどこか心もとないように感じることもありました。
それでもわが家は、
習い事や教材を増やすことよりも、
家庭の中で大切にしたいことを、ひとつずつ整えていく道を選びました。
振り返ってみると、
低学年のころに意識してきたことは、
決して特別な方法ではありません。
けれど、その積み重ねが、学びを続ける力につながっていったように思います。
低学年のころ、わが家がいちばん大切にしていたこと
低学年のころ、わが家がいちばん大切にしていたのは、
「何をさせるか」よりも、どんな一日を終えているかということでした。
周りを見れば、英語やピアノ、体操や塾。
たくさんの習い事に通うご家庭が多く、
正直なところ、心が揺れなかったわけではありません。
「このままで大丈夫なのかな」
「何か足りないのではないか」
そんな不安を、私自身が抱えていました。
それでも、息子の様子を見ていると、
無理に何かを足すよりも、
今この子が心地よく過ごせている時間を守るほうが大切だと感じる場面が、少しずつ増えていきました。
庭でアリの行列をいつまでも眺めていたり、
折り紙やブロックに黙々と向き合っていたり。
その姿を見ていると、
「今は、これで満たされているのだな」と思えたのです。
結果として、習い事は最小限でしたが、
家の中では、会話をしながら料理をしたり、
お手伝いをしたり、図書館に通ったりと、
特別ではないけれど、日常の中で一緒に過ごす時間を大切にしてきました。
振り返ってみると、
低学年のころに意識していたのは、
「成果」や「先取り」ではなく、
小さな満足感を積み重ねながら一日を終えられているかどうかだったように思います。
習い事を増やさなかった理由
今振り返ってみると、
習い事を増やさなかった理由は、
「何もさせたくなかったから」ではありません。
むしろ当時の私は、
「何か足りないのではないか」
「将来、困ることになるのではないか」
そんな不安を、ずっと抱えていました。
周りを見渡せば、
英語、ピアノ、体操、塾。
低学年のうちから、将来を見据えて
準備を進めているように見えるご家庭ばかり。
その中で、わが家だけが
取り残されているように感じることもありました。
けれどあるとき、
ふと気づいたのです。
私が感じていた焦りは、
子どもの様子から生まれたものではなく、
「周りと比べることで膨らんだ、
自分自身の不安」だったのだと。
実は一度、「公文をやらせた方がいいのでは」と迷ったことがあります。
周りからは「計算が早くなる」「算数が得意になる」とよく聞いていましたし、私自身も子どもの頃に公文の算数を習っていました。
確かに計算は早かったと思います。
ただ、同時に思い出したのは、同じ計算を繰り返す学習に次第に飽きてしまい、宿題をためるようになったことでした。
そんなある日、久しぶりに会った小学校時代の友人に、
「あなたの公文の宿題、私たちで手分けしてやってあげてたよね」
と言われ、はっとしました。
当の本人はすっかり忘れていた記憶でしたが、
あぁ、私は“好きだからやっていた”わけではなかったのだと、腑に落ちたのです。
公文が合う子も、もちろんいます。
けれど、本人があまり気が進まないことを、
「将来のため」という理由だけで無理に続ける必要はない。
そう感じて、このときは見送ることにしました。
この出来事は、
「やらせるかどうか」ではなく、
「なぜやらせたいのか」を考えるきっかけになりました。
息子は、毎日よく遊び、よく話し、
満ち足りた表情で一日を終えていました。
それなのに私だけが、
「このままでいいのか」と
答えのない問いを、繰り返していたのです。
習い事を増やさなかったのは、
不安がなかったからではありません。
不安があったからこそ、
一度立ち止まり、
「本当に今、必要なことは何なのか」
を考えた結果でした。
結果として、
何かを“足す”よりも、
今ある時間や関わりを
丁寧に積み重ねるほうが、
わが家には合っていたのだと思います。
教材や学習サービスについても、
「合う・合わない」という視点で考えることが大切だと感じています。
特定の教材を勧めるのではなく、
どんな家庭・どんな子に向いているのかを整理した記事も書いています。
▶︎ ヨンデミーは何歳から始める?おすすめ開始年齢と理由
▶︎ ヨンデミーは効果ある?国語力を伸ばす3つのポイント
家庭学習で大切なのは「教材」より「環境」
低学年の家庭学習について考えるとき、
どうしても「何を使うか」「どの教材がいいか」に
目が向きがちになります。
けれど、わが家の幼少期を振り返ってみると、
先に整えていたのは教材ではなく、
学びが自然に生まれる“環境”だったように思います。
特別なことをしていたわけではありません。
一緒に料理をしたり、
おつかいを頼んだり、
図書館に通ったり。
日常の中で交わされる、何気ない会話ややり取りが、
学びの入り口になっていました。
「これ、どう思う?」
「どうしてそうなったんだろうね」
そんな一言を交わすだけで、
子どもは自分の頭で考え、
言葉にしようとします。
その積み重ねが、
学習以前の“考える力”や“伝える力”を
静かに育ててくれていたのだと思います。
今振り返ると、
家庭学習とは
机に向かう時間だけを指すものではなく、
日々の生活そのものだったのかもしれません。
忙しい日もありましたし、
十分に向き合えなかったと感じる日もあります。
それでも、
完璧でなくても、
「一緒に過ごす時間が、どんな空気だったか」
その積み重ねが、
子どもにとっての学びの土台になっていったように感じています。
教材やサービスは、
その土台の上に、あとから乗せるもの。
先に環境があってこそ、
初めて意味を持つものなのだと思います。
家庭学習の「環境」については、
こちらの記事で、もう少し整理して書いています。
▶︎ 家庭学習で大切なのは「教材」より「環境」
今、低学年の保護者に伝えたいこと
低学年の子どもを育てていると、
どうしても先のことが気になります。
「このままでいいのかな」
「何か、今やっておくべきことがあるんじゃないか」
そんなふうに、不安が頭をよぎることもあると思います。
私自身も、同じように迷い、
何度も立ち止まってきました。
そして今、振り返って思うのは、
低学年の時期は、
“何を足すか”よりも
“何を急がなくていいか”を考える時間だった
ということです。
当時は、今ほど学習サービスや教材の選択肢も多くありませんでした。
もし今、同じように低学年の子どもを育てていたら、
便利なツールに助けられる場面も、きっとあると思います。
けれど、それでも変わらないと感じるのは、
どんな教材を使うかよりも、
その子がどんな気持ちで毎日を過ごしているか
を見つめることの大切さです。
使う・使わない。
始める・始めない。
どちらを選んでも、間違いではありません。
大切なのは、
「不安だから選ぶ」のではなく、
「この子には、今これが合っていそうだ」と
納得して選べているかどうか。
迷ったときは、
一度立ち止まって、
今日の子どもの顔を思い出してみてください。
その表情の中に、
次の一歩を考えるヒントが、
きっとあるはずです。
まとめ
振り返ってみると、
わが家の子育ては、
決して一直線でも、計画的でもありませんでした。
周りと比べて焦ったり、
「このままで大丈夫なのかな」と
不安になったり。
その繰り返しの中で、
何度も自分に問いかけてきたのが、
「わが家にとって、いま大切なことは何だろう?」
という問いでした。
その答えは、
いつも同じではありません。
けれど、
“わが家のリズム”を基準に考えるようになってから、
少しずつ気持ちは楽になっていきました。
情報があふれる今だからこそ、
どうか忘れないでほしいのです。
それぞれの家庭には、
それぞれの事情があり、
子どもには、その子だけのペースがあります。
「うちはうち」——
そう思えることは、
決してあきらめでも、逃げでもありません。
自分たちの歩みを信じる、
ひとつの強さだと思っています。
このサイトが、
迷ったときに立ち戻れる場所として、
少しでも安心につながる存在であれば、
これほど嬉しいことはありません。
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